『自由』について語ります
- 3月3日
- 読了時間: 2分
こんにちは、カラスヤゲストハウスの野村です。今回は『自由』について書きます。
『旅』と同じで、定義次第でどうとでもとれる言葉です。本来は慎重に扱うべきですが、そのイメージのしやすさに頼って、既にまあまあ使ってしまっています。
〈カラスのように、自由気ままに居られます〉

自由ってどんなときに感じますか?自由は好きですか?それとも嫌いですか?
言葉を突き詰めていくと混乱しそうです。
そこで、僕はよりシンプルに、状態としてこの言葉を捉えています。僕にとっての自由は、「解放された状態」です。
嵌まっていた「ある枠」から「解放されている状態」。
わかりやすいところでは、日々のルーティンな仕事があり、そこから車を走らせて旅に出た瞬間。「日々のルーティンワークという枠」から解放されました。精神的なことだと、ウジウジと悩んでいたことが、相談を経て思考が広がり「随分小さくまとまってたな」と解決された瞬間。「縮小した状態」から思考が解放されました。
ここからわかるのは、解放が比較によって行われているということです。かつての囚われた自分と、そこから離れられた自分を比べること。これに気が付いたときに解放があり、自由を感じることができます。

「比較」がある以上、一度は枠に嵌る必要がありそうです。主観的な物語に没頭し、制約を受け、責任を負うという段階を踏む。
そして、自らへの枷が強ければ強いほど、ひとりでは抜け出せません。物語から離し、制約を外し、責任を免除する他の人の協力も重要になります。
まとめると、型を作りそこに入り込む主観満載の行動と、抜ける手助けをしてくれる周りの人、その状態の変化を客観的にみれる態度が、解放されるためには求められるということになります。自由とは、それができた時に味わえる快感だと考えています。
カラスヤゲストハウスは自由気ままさをご提供するために、日々を抜けるお手伝いをしたいと考えています。みなさまの日常を、第三者的に視る目線のお渡し、場合によっては、嵌った状態から抜け出すお手伝いもさせていただきます。
偶然の出会い、オープンな会話、本や空間から受ける刺激など、移動してきたなーと思える仕掛けをご準備しています。
ここにくれば、かつてといまを見比べて、自由を感じられるように、そしてそれが「次の旅への入り口」になるように、そのように願っています。






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